低周波音の判例・裁判例

1 判例名

低周波音被害国家賠償請求事件 東京地判平成29.9.12(判例タイムズ1451号215頁)

事案の概要

エコキュートやエネファームから発生する低周波音の被害を訴えている人6名(すべて別々の案件)が、環境大臣は、
1)①海外における低周波音の基準値を採用した基準値を作成する義務、②参照値を撤回、訂正ないし廃止する義務、③公害等調整委員会に対し、裁定申請事件において参照値を判断材料としないよう求める義務、に違反してこれらの措置をとらなかったことが違法である(不作為の違法)、

2)各国のガイドラインを大幅に下回る参照値を公表したことが違法である(作為の違法)として、国家賠償法に基づき損害賠償を請求した。

判決の要旨

請求棄却(確定)。
1)低周波音による人の生命身体に対する危険性については未解明の部分が大きいこと、

2)低周波音について法的規制にまで至っている国は限定的であり、また感覚閾値を基準とした評価値を設定しているオランダにおいて、苦情事例の中に苦情に対応する低周波音が特定できなかった事例が非常に多く含まれていたこと、

3)参照値には一定の合理性があり、また環境省は参照値以下でも苦情発生の可能性が残されていること等について周知を図っていること、

等から、原告らの主張するような違法性は認められない。

解説

低周波音に関する環境省の参照値については、低周波音の測定値が参照値に達していなかった場合に被害者を切り捨てるために用いられているという批判が強いです。消費者庁の調査報告書でも、参照値未満の低周波音によって被害が生じうることが示されています。そして環境省自身も、低周波音のレベルが参照値に達していなくても被害が生じる可能性があることを、しばしば地方公共団体に対して通知しています。

しかしそうすると、そもそも何のために参照値というものが存在するのかがわからなくなってしまうという問題もあります。

環境省の低周波音問題対応の手引書については、現在、改正のための検討が行われていることが公表されており、この改正に期待したいと考えています。

この裁判については、一言で言うと、原告らは裁判所に対して、環境省が参照値を公表したことは誤りであったと判断せよと求めたもので、裁判所は低周波音問題のような専門的分野に知識を持っていないことや、司法と行政の役割分担といった点から見て、無理な訴えであったという印象を受けます。

 

2 判例名

東京地判平成17.12.14(判例タイムズ1249号179頁)

事案の概要

原告は、区分所有建物の1階の一室を賃借して飲食店(そば料理店)を営業していた者であり、被告Aは当該区分所有建物の地下1階の一室(原告の店舗の直下)を賃借してライブハウス(ハードロックの演奏を中心とする)を営業している者、被告Bは前記地下1階の一室の所有者であり、それを被告Aに賃貸している者である。

原告は、被告Aが経営するライブハウスから発生する騒音、振動及び低周波音(「騒音等」)により、営業損害等及び精神的な損害を被ったとして、被告A及び被告Bに対して、共同不法行為に基づく損害賠償を求めた。

判決の要旨

低周波音について、受忍限度を超えていたと判断した。

解説

1)ライブハウスにおける音楽の演奏に環境省の参照値が適用されるか
ライブハウスにおける音楽の演奏から発生する低周波音が問題になった事件ですが、環境省の低周波音に関する参照値は固定発生源から生ずる低周波音についてのみ適用されることになっているので、ライブハウスにおける音楽演奏について適用されるかどうかが問題になりますが、この判決ではこの点について特に争点になっていないようです。

ライブハウスにおける音楽演奏の場合は、発生源は移動はしませんが、大幅かつ不規則に変動する発生源に該当すると解すべきではないかと思います。

2)手引書の解釈
環境省の「低周波音問題対応の手引書」によれば、身体的影響の原因が低周波音であるかどうかについては、
ア.測定値が参照値を超えているかどうか、
イ.体感調査の結果、本人の低周波音の聞こえかた(感じかた)が発生源とされる機器の稼働状況と一致しているかどうか、
の2点によって判断することになっています。

ところが、この判決では、そのような基準は一切用いられておらず、受忍限度を超えると判断された根拠としては、演奏時の低周波音の強さは、平常時のおよそ50倍から1000倍の強さになっていることがあげられています。

この判決は、一部に、環境省の参照値に依拠して判断することを前提とするかのような文章もありますが、上記の通り、肝心のところでは、手引書にのっとって判断したとは言えない内容であり、非常に疑問のある判決です。

 

3 判例名

甲府地都留支判昭和63.2.26(判例時報1285号119頁)

事案の概要

原告らは、鉄筋5階建ての区分所有建物の区分所有者とその妻であり、被告は当該区分所有建物のもう一人の区分所有者からその者の区分所有部分を賃借して、スーパーマーケットを経営している者である。

原告らは、被告の経営するそのスーパーマーケットのコンプレッサー(冷蔵庫、冷凍庫、商品冷凍ケース等への冷気供給源である)から発生する低周波音により安眠妨害等の被害を受けたとして、被告に対して、損害賠償及びコンプレッサーの移設・防音壁の設置等を請求して提訴した。

判決の要旨

原告宅の居間における測定結果は、50Hzで55dB、100Hzで42dBであった。

判決は、原告宅居間での低周波音は最小可聴値平均値よりも100Hzではっきり上回り、50Hzでもわずかに上回っており、最小可聴値からはいずれも明らかに上回っているとした上で(但し、「最小可聴値平均値」や「最小可聴値」の具体的な数値は明確でない)、受忍できる低周波音の強さは50Hzで45dB、63Hzで40dB、80Hzで35dB、100Hzで30dBであるとし、低周波音をそのレベル未満にするための具体的措置(コンプレッサーの移設及び防振ゴムのパッキング並びに鉄筋コンクリートの防音壁の設置)を命ずるとともに、損害賠償(過去分及び防音措置を施すまでの将来分)を命じた。

解説

これは環境省の「低周波音問題対応の手引書」が公表されるた平成16年よりもはるかに前の判決ですが、この判決の考え方と手引書とを比較してみると、判決の述べた「受忍できる低周波音の強さ」は、感覚閾値より高く、参照値よりは低い値です。

環境省の手引書の見解では、参照値よりも低いレベルの低周波音でも人の身体に対する影響が生ずる可能性があることは否定されていませんが、それを判断するためには体感調査を行わなければなりません。従って、体感調査を行わないままに、参照値よりも低いレベルを受忍限度であるとしたこの判決は、環境省の手引書に示された現在の知見とは合致しません。

 

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