1 判例名
福岡地判平成27.9.17(裁判所ウェブサイト掲載)
事案の概要
原告は、「被告が自宅近辺の野良猫に餌を与えていたために、原告宅の庭に野良猫が侵入するようになり、糞尿により原告宅の庭が汚された。このため、原告は睡眠障害を伴う神経症を発症するなどして精神的苦痛を被った」として、損害賠償(約182万円)の支払いを求めて提訴した。
判決の要旨
1)被告は、餌やりをすれば野良猫が居つき、近隣に迷惑を及ぼすことを明確に認識していたにもかかわらず、餌やりの中止や野良猫の室内飼育等の措置をとらず、野良猫に対する餌やりを継続し、原告の庭で糞尿被害が発生した。この被告の行為は不法行為に該当する。
2)558,100円の損害賠償(慰謝料50万円、ネット設置費用8,100円、弁護士費用5万円)が認められた。
解説
1)野良猫に餌をやる人がいるために猫が集まってきて、近隣の人が糞尿の臭い等の被害を受けるという事例は少なくありません。「解説 悪臭防止法(下)」には、そのような裁判例を数件紹介しています。
2)悪臭の測定はされていませんが、悪臭については、測定がされていなくても被害の主張が認められた裁判例は珍しくありません(騒音よりも悪臭のほうが、測定されていなくても被害の主張が認められる可能性は高いという印象です)。
3)慰謝料50万円というのは、この種の事件のいわば「相場」から見ると、やや高額であると言えます。「相場」は20~30万円と思われます。
2 判例名
神戸地判平成13.10.19(判例時報1375号64頁、判例タイムズ1098号196頁)
事案の概要
神戸市内の焼鳥店の近隣住民3名が、その焼鳥店の経営者と、その焼鳥店のフランャイズチェーンフランに対して、損害賠償と臭気排出の差止めを求めて提訴した。当時の神戸市では、悪臭防止法の規制としては物質濃度規制が採用されていたが、神戸市指針による臭気指数規制も行われていた。
判決の要旨
焼鳥店の臭気は受忍限度を超えているとして、被告らの共同不法行為の成立を認め、①差止め(被告らは、原告らに対し、発生源において臭気濃度600を超える焼き鳥の臭気を発生させてはならない)及び②損害賠償(一人あたり24万円及び遅延損害金)を命じた。
受忍限度を超えているという判断の理由は、次の2点である。
1) 裁判所による鑑定の結果、臭気濃度が発生源においては神戸市指針の規制基準を超えており、基準値の3倍弱にもなる。
2) 現場は住宅地であるから、商店街や繁華街と比べると受忍限度はより低い。
解説
次に掲げる控訴審(原告が逆転敗訴しました)とあわせて、悪臭に関する典型的な裁判例です。
3 判例名
大阪高判平成14.11.15(判例時報1843号819頁)
事案の概要
2番の判決(神戸地判平成13.10.19)の控訴審判決である。
判決の要旨
本件臭気は受忍限度を超えていないとして、原判決の控訴人ら(原審被告ら)の敗訴部分をいずれも取り消し、被控訴人ら(原審原告ら)の請求をいずれも棄却した。
その判断の理由として、
①排出口における臭気濃度が神戸市指針の規制基準を上回っていることのみをもって、ただちに被控訴人らに対する関係において受忍限度を超えていると断定することはできない、
②被控訴人ら宅の居宅敷地内では、特定悪臭物質の測定結果も臭気濃度も非常に低い数値にとどまっている、
③営業時間は夕方5時頃から午前0時頃までであり、常時臭気が排出されるものではない、
④臭気が特にひどく感じられるのは風が弱いときなどに限られている、
⑤控訴人らが臭気の改善策を講じている結果、被控訴人ら以外の隣接地の居住者からの苦情はなく、被控訴人ら宅においても被害の程度は改善されていること等をあげた。
解説
1審と2審とで結論が逆となった事例です。両判決の理由づけを比較すると、全体としては、1審判決よりも2審判決のほうが、詳細できめ細かな判断をしているように思われます。
いずれにしても、受忍限度を超えているかどうかは、諸事情を考慮して裁判所が事件ごとに個別に判断するので、結論を予測することが難しいことを感じさせられる事案です。
4 判例名
東京高判平成8.2.28(判例時報1575号54頁)
事案の概要
一般廃棄物(家庭から出る生ごみ等のごみ)の集積場を利用している住民同士の紛争であり、その集積場のそばに居住する住民が、他の住民に対して、集積場を別のところに移転することまたは輪番制の採用を主張した。
判決の要旨
控訴人(原審の原告。訴えた側)の主張が認められて、被控訴人(原審の被告)は、判決確定の日から6か月を経過した日以降、ごみ集積場の設置されている土地上に一般廃棄物を排出してはならないとの判決が出された。
その根拠として、控訴人の受けている被害(具体的には、猫が生ゴミを散らかしたり排泄したりすることや、ゴミの悪臭、ゴミが散乱している不快な光景)については、輪番制等をとることにより、集積場を利用する者全員によって被害を分け合うことが容易に可能であるから、そのような方策をとることを拒否して、特定の者にのみ被害を受け続けさせることは、被害者にとって受忍限度を超えることになると述べられた。
解説
この裁判例のように、一般廃棄物の集積場の使用差止が請求された裁判例は他にもあります。
横浜地判平成8.9.27(判例時報1584号128頁、判例タイムズ940号196頁)は、本件と同様に、集積場の使用差止を認めました。
他方、大分地判平成20.12.12(判例タイムズ1300号199頁)は、使用差止を認めませんでした。
このように結論が異なった理由としては、1)被告側が誠意をもって対応したかどうか、2)原告の提案するごみ集積場の移転等の措置についての実現可能性の有無にあると考えられます。
これらの裁判例についての詳細は、「解説 悪臭防止法 下」の121~129頁を御参照ください。
5 判例名
京都地判平成22.9.15(判例時報2100号109頁、判例タイムズ1339号164頁)
事案の概要
京都市内の菓子製造工場(以下「本件工場」)の近隣住民17名(以下「原告住民ら」)と、本件工場の近隣でアパートを所有する会社(以下「原告会社」)が、本件工場から発生する騒音と悪臭(焦げたバターのにおいや、ベビーカステラ、キャラメルコーン及びあんこ等の甘味臭)による精神的損害または財産的損害を受けたと主張して、本件工場を経営する会社(以下「被告会社」)に対して、不法行為に基づいて損害賠償を請求した。
判決の要旨
被告会社の工場から発生した騒音及び臭気は、原告らの受忍限度を超えており、違法であると判断し、原告らのうち近隣住民については、精神的損害に対する慰謝料として1人当たり15万円及び弁護士費用として1人当たり1万5000円が損害額として認められた。しかし、原告会社(工場の近隣でアパートを所有している会社)については、そのアパートに空室が生じた理由が本件工場の操業であると認めるに足る証拠はないとして、損害賠償請求を認められなかった。
受忍限度を超えているという判断の根拠は以下の通りである。
1)被告会社は、少なくとも重大な過失により建築基準法違反(その地域での許容限度を超える広さの作業場を有する工場を操業させ、かつ許容限度を超える出力の空気圧縮機を使用する作業をしていること)を行い、また、違法状態を完全に是正するまでに、初めて行政指導を受けてから約3年3か月もの長期間を要した。
原告住民らは、被告会社の悪質な対応により、被告会社が本件工場から機械を移転するまで約3年4か月間の長期にわたり、騒音及び臭気のため、不快感を抱えた生活を余儀なくされた。
2)本件工場からの騒音は公法上の規制基準を超えていないし、本件工場が発する臭気は、菓子特有の甘いにおいであり、一般人を不快にさせるものとは直ちにいえない。
解説
一般には「悪臭」とは考えられていない、お菓子工場から発生する甘いにおいが「悪臭」であると判断した判決で、この点が注目されて、この判決は新聞でも報道されました。
ただ、受忍限度を超えているというこの判決の判断には疑問が残ります。悪臭の測定もされていませんし、原告らが悪臭によって具体的にどのような被害を被ったのかについては何ら認定されていないからです(騒音については測定はされましたが、規制基準を超えていませんし、具体的な被害不明である点では悪臭と同じですので、騒音についても、受忍限度を超えていると認めたこの判決には疑問があります)。